たちばな四季亭 創業明治元年 北陸山代温泉 湯の曲輪 桐づくしの宿  
たちばな四季亭 HOME道案内ご予約お問合せ
湯の曲輪四季亭の歴史
menu
  湯の曲輪四季亭の歴史
  四季亭の過ごし方
  館内のご案内
  お部屋のご案内
  天然温泉のご紹介
  お料理のご紹介
  茶房好山庵のご案内
  生演奏ライブのご案内
  料金のご案内
  道案内・山代散策路
  エステ・マッサージ
  女将のたちばなし
  インターネット予約 宿泊プラン一覧とお電話からの予約
   
  魯山人ゆかりの宿 湯の曲輪
   
  山代温泉がもっと知りたい方
 
山代温泉観光協会
ほっといしかわ旅ネット
KAGA旅まちネット
加賀・工芸ナビ
湯の曲輪 四季亭の歴史
玄関先よりいろは草庵への万松通り
創業明治元年湯の曲輪の宿 やがて百五十余年の歴史
一千三百年の歴史を誇る名湯山代温泉の湯の曲輪(ゆのがわ)にあって明治元年より変わらぬおもてなしの
こころが息づく宿。山代温泉とたちばな四季亭の歴史についてお話します。
与謝野晶子が、泉鏡花が、北大路魯山人が愛した山代温泉
魯山人が当館のために制作した篆刻看板
千三百年の歴史をもつ名湯・山代温泉は、霊峰白山を望む美しい自然とこまやかな人情にあふれた魅力ある温泉地です。歌人与謝野晶子が愛し、粋人であり芸術家の北大路魯山人をも魅了した山代温泉。紅殻格子の佇まいや灯篭が並ぶ街並みは、温泉情緒をいっそうひきたててくれます。
昭和8年7月 北大路魯山人からたちばな四季亭前身、田中屋旅館の主人宛に届いた手紙 昭和8年7月 北大路魯山人からたちばな四季亭前身、田中屋旅館の主人宛に届いた手紙 昭和8年7月 北大路魯山人からたちばな四季亭前身、田中屋旅館の主人宛に届いた手紙 昭和8年7月 北大路魯山人からたちばな四季亭前身、田中屋旅館の主人宛に届いた手紙
 
手紙の内容は画像をクリック    昭和8年7月 北大路魯山人からたちばな四季亭前身、田中屋旅館の主人宛に届いた手紙
 ←手紙の内容は画像をクリック
 
山代温泉に残る名言「山代のいで湯に遊ぶ楽しさはたとえて言えば古九谷の青」与謝野晶子/「夢もおぼろな山代温泉」泉鏡花
湯の曲輪の歴史についてはこちら
魯山人ゆかりの宿 湯の曲輪
魯山人についてはこちら
魯山人寓居跡 いろは草庵
“湯の曲輪の宿” たちばな四季亭の歴史
総湯を、まさにぐるりと取り囲むようにして宿が建ち、街並みがつくられました。このように湯を囲む湯の側の意味から、総湯周辺を「湯の曲輪(ゆのがわ)」と呼ぶようになったのです。
その湯の曲輪に明治元年 当館前身の田中屋旅館が営業を開始。大正5年には北大路魯山人と親交を深め、当時の特別棟のため“洗心館”の刻を制作していただきました。やがて平成2年には全館新築し「たちばな四季亭」としてオープンいたしましたが、魯山人の心はそのままに、 特別宴会場“洗心”の名に残し受け継いでおります。
  田中屋旅館
田中屋旅館 田中屋旅館
たちばな四季亭が伝えたいこと「ひらがなのおもてなし」
当館の基本コンセプト「ひらがなのおもてなし」は、ひらがなからうける印象の、柔らかさと優しさから意を得たもの。床の桐が持つ天然の温もり、お客様をあたたかくつつみこんでおもてなしさせていただく「こころ」を意味しています。
また、ひらがなは山代の地に深い縁があることをご存知でしょうか。その縁とは、1千年前の薬王院初代住職であった明覚上人はわが国の「50音図の創始者」といわれていること。
いまも当館目前の行基上人に由来する薬王院より「あいうえおの小径」を人々がそぞろ歩く様子が見えます。
  「あいうえおの小径」にある明覚上人 の供養塔 「五輪塔」 「あいうえおの
小径」にある
明覚上人
の供養塔
「五輪塔」
  紅葉の薬王院 紅葉の薬王院
四季亭の過ごし方 たのしめてゆっくりできる1日
ページのトップへ
サイトマップ プライバシーポリシー ご予約 お問合せ
創業明治元年 北陸加賀 山代温泉 湯の曲輪 桐づくしの宿 たちばな四季亭
〒922-0256 石川県加賀市山代温泉万松園通16番地
TEL (0761) 77 - 0001 / FAX (0761) 76 - 0001
Copyright (C) 2005 Tachibana Shikitei. All Rights Reserved.  
お問合せ・ご予約は フリーダイヤル:0120 - 011322
リアルタイム予約